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chi-ko's diary ii

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3ヶ月ぶりになってしまいました。

随分と前から腰部ヘルニアの為、たまに腰痛があったが、2017年1月終わり頃から歩き始めて10分くらい経つと左腿の後ろあたりにピリッという痛みを感じるようになった。

数回診察、MRIも撮った診断は、腰部脊椎管狭窄症。中村くんと同じですね。(苦笑)
それに加え、狭窄部分の上に大きいヘルニア、下の部分には小さいヘルニア。。
治療はリハビリを受けたり、ブロック注射も3回。回数が増える毎に強烈な痛みに耐えながらの注射。神経に直接打つブロック注射は声をあげてしまうほど、本当に痛かったーーーー!!!
なのに、なのに改善されず、大学病院を紹介され、手術を受けることになった。


手術すると決めたら早く・・・と思っていたが、ここの病院で手術をしようとすると、3ヶ月待ち。
主治医の話によると、それまで痛い思いをしながら待つのではなく、なるべく早いうちにした方がいい、と。
そこで、主治医から週1回埼玉の某病院に行っているのでそこでしますか?と提案され、その病院で手術をする事にした。
12月7日に入院、8日に手術。
3ヶ所あるので内視鏡だと時間がかかってしまう為、メスを入れる事に。
これでも自分では、シミなどなく綺麗だと思っていた背中(笑)、腰にメスを入れるのはかなり抵抗があったが仕方なし。
順調にいけば、2週間で退院出来るとの話だったので、会社にそのことを伝え、仕事など整理してその日を迎えた。




7日の午前中に入院。
21時から、絶飲絶食になった。
乾燥する時期、水さえ飲めない、これが本当にキツかった。(結果的に2日半の絶飲食)
翌8日、午前中に麻酔科医や主治医からの説明、書類の捺印、署名などすまし、12時50分手術室入室となった。

手術室には歩いて入室する方もいると聞いていたが、私は病室からストレッチャーで移動。
よくドラマで見るけれど、なんとも言えない気分。

手術室の看護師さんたちは本当に優しかった! 話し方も視線も。
どんな患者でもメスを入れるとなると、不安がよぎるもの。そんな患者を落ち着かせるのでしょうね。

まもなく麻酔が効いてきて眠りについた。

1時間半くらいでしょうか・・・名前を呼ばれ、眼を覚ます。口に入っていた管が抜かれた事は、ぼやぼやと目覚めようとしていたので分かった。終わりましたよ、と声をかけられる。
手術室から出てきた時には2時間くらい経っていたらしい。

病室に戻って、先生の指示通りに足の指を動かしてみる。
麻酔が効いているので痛みは無い。

今のところ、順調。

だが、次第に指も動かせず、足の感覚がなくなり、腿の付け根辺りが痛くなって来た。
そしてそれは次第に強い痛みへと変わっていった。


あまりの痛がりように主治医ではなく、他の手術で残っていた先生がMRIを撮ってみましょうと言い、結果、血腫(血の塊)が出来ている、と。その塊が神経を圧迫して痛みがあるらしい。

このままでは、どんどん血腫が大きくなり神経を圧迫し、下半身に麻痺がおこり、結果的に寝たきりになってしまったり、車椅子になってしまう可能性もあり、緊急に再手術の必要があるとの説明を受けた。

だが、麻酔科の先生は留守。
よって、部分麻酔で再手術をする、という事だった。

時間は、夜の20時半頃。
再手術は、部分麻酔ということで手術中、先生の話も、周りにいた看護師さんたちのやり取りもみな解る。
うつ伏せ寝で手術した部分を再度切り開き、出来ている血の塊を綺麗に取り除くということだった。
痛みがあると、付きっきりで頭部近くにいてくれた看護師に訴え、麻酔の注射を打ちながらの手術。
何回か打ったかなぁ。
お湯で洗い流しているのも感じる。
自分の背中を切り開き、話しているのが聞こえる、なんて経験、あまりないですよね。


再手術を終えて手術室を出て来たのが23時頃。

先生の説明によると、どうやら私は出血が止まり難いらしい。最初の手術ではドレーン(出血や排液を身体の外へ出す管)は2本だったのを4本にしたようだ。

手術直後は、確かに足の感覚は戻ったし、指も動かせた。出血は多く止まらないままだったが、そのまま夜を明かすことになった。
しかし・・・、

また、次第に痛みを感じるようになる。
明け方、今までに感じたことがない激痛となり、動かせていた足の指も動かなくなり、痺れも強くなり、つねられても叩かれても何も感じなくなってしまった。

先生の判断で、再々度MRIを撮ることに。
その時には唸るほどの痛みで、MRIを撮っている間も2回ほど中止したほど。ほんとに痛かった。。。

先生方が話し合った結果、
さらに手術が必要となり、場所もここの病院ではなく、主治医が勤務する東京の大学病院へ救急搬送されることになった。
その時、主治医は立川に仕事をしていたらしいが、急遽大学病院に戻って執刀するということだった。

病院から救急車に乗って、東北自動車道から首都高速をサイレンを鳴らしながら突っ走る。
今まで救急車に付き添いで乗ったことはあったけど、横たわって行くなんでもぅ経験しないだろうな。。。



東京の病院に着き、手術室に入るまでも長かった。
手術をする前にまた検査。
その間、ずっと激痛に耐えながら・・・

やがて入室となり、血腫を取り除く手術と、もう少し切り骨を少し削り取る手術も行うことになった。
2時間くらいでしょうと言われていたらしいが、結局3時間かかったようだ。
4本に増えていたドレーンはさらに追加され、5本に増えました。

それからは、4日間くらい強い痛みはあったけれど、「一番辛い時期は今だけで、ずっとは続かないですからねー」との看護師さんの言葉はホントに励みになったな。。。

あまりの出血の多さに、血圧も低く貧血にもなり、輸血もした。
輸血なんて考えなかったけれど、感謝、ですね。


今の手術は、抜糸がないんでしょうかね。
私はこの方法でした。
傷口の内側を、溶ける糸で縫い、表面上はテープで止めるだけ。
傷口が治ってくると、次第にテープが剥がれる。
見ると、綺麗になっています。

15センチくらいの傷になったけれど、ドレーンを抜いた後もポツポツと。。。
あ~~ぁ。。。


そういえば、入院中のおにぎりが美味しかったこと!!
食事が出来るようになった時には、まだベッドから起き上がれなかったので、その時担当してくれた看護師がおにぎりにしてくれた。
栄養士にそれを伝え、結局退院するまでおにぎりに。
でも、そのおにぎりが美味しくて美味しくて。何も入っていない海苔を巻いただけなんですがね。


リハビリもすぐに始まった。
起き上がるのが精一杯なのに。
そして、少し動かせるようになると、褒める褒める!(笑)
その気にさせるって大事なんでしょうかね。(笑)


3週間以上入院していたが12月最終週、年末年始を迎えるにあたり、病院自体がお休みになってしまうので、リハビリ専用の病院へ転院するか、このままこの病院にいるか、それとも退院するか、自分で決められるという。
ならばと、お正月後地元の病院へ通うこととし、12月29日退院した。


外に出掛ける時は最初、車椅子に乗ったりもしたが、杖を使いながら歩く。
それは、3ヶ月半経った今でも同じ。
痺れもだいぶ取れてきたけれど、まだ、だめですね。
特に右足に力が入らないので、階段も登りにくい。坂道も辛い。
リハビリにも通っているけれど、身体のその他にも問題があり、しばらく時間がかかりそうです。
術後すぐにつけ始めたコルセットも、ずっとつけたまま。
もう少しで外せるかな。。。



こんなはずじゃなかったのに。。。
大好きなテニスも出来なくなってしまった。
テニスすることを目標に頑張っているけど、走れなくなってしまった今、出来るようになるとは思えない。
歩くのも、ゆっくりしか歩けなくなってしまったので、遠方への旅行も行けないかもしれない。
当分の間、孫も抱っこ出来ないだろな。
など、暗くなってしまうことばかり。

入院中、看護師さんにも言われた。
歩けるようになった私に、「ほんっとによかったね。もう少し手術が遅かったら、どうなってたか・・・」と。
最悪歩けなくなるかも、ということだったらしい。

それを思うと、なんとも・・・・。


仕事も先々週から行き始めました。
時間も短く、行ける時だけ。 そんな勤務でも待っていてくれる会社にも感謝です。

が!!
顔を見せるために、3月9日、事務所があるマンションに行き、エレベーターに乗ったところで。。
8階のボタンを押したのに、5階より少し上でガタンと止まってしまった。
ん???  閉じ込められてしまいました!
助け出されるまで、40分。


ついてないな、ほんとに。



今、桜が満開でとても綺麗~♪
毎日、少しづつでも歩こうと、会社に行かないときはお散歩に出ます。
今日は、おやつを持って、近くの公園でひとりお花見。
なながいた頃、毎年ふたりで花見をしていた公園で。

なな~! 見える~??



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